「遺産」(水上瀧太郎)

この体質、日本人の最も醜い一面です

「遺産」(水上瀧太郎)
(「日本文学100年の名作第2巻」)
 新潮文庫

震災によって「彼」の家と
金持ちの隣家の間の塀が崩れた。
そこから子どもたちが交流し、
やがて隣家との交際が始まった。
隣家は先代が高利貸しで
儲けた金で建てた家であり、
周囲と隔絶していた。やがて
町内の見回りの話が出て…。

以前取り上げた「山の手の子」で、
美しいものを書き上げた
水上瀧太郎ですが、
本作品では思いきり醜いものを
炙り出しています。

金持ちの隣家は
自宅周囲に高い塀を張り巡らし、
世間との交流を断って
生きてきてきました。
それには理由があります。
彼の父親は貧しさに苦しんだ末、
高利貸しを営むことにより財を貯え、
人並み以上の生活が
できるようになりました。
しかしそのため彼は子ども時代に
「鬼の子」としていじめられ、
世間から恨まれて生きてきたのです。
高く張り巡らされた塀は、
他の財産同様、
父親からの「遺産」でした。

それが震災によって崩れ去り、
彼には世間と
交わる機会が生まれたのです。
しかし世間は決して
優しいものではありませんでした。

あることをきっかけに、
彼は町内会の人間から
袋だたきにあいます。
「何をしやがんでえ。」
「たたんじまえ。」
「やっつけろ。」
「高利貸。」
「社会の敵。」
「鬼。」
「畜生。」

子ども時代から
遊び友だちもなかった彼はもちろん
喧嘩の修練も積んでいません。
すぐさま地べたに
這いつくばることになります。

確かに彼の父親は
冷酷無情な人間だったかも知れません。
しかしそれは過去のものであり、
しかも父親の話です。
彼自身は何もしていないし、
周囲の人間も彼から
何かをされたわけではないのです。
それでも自分たちの
コミュニティに属さない人間を
徹底的に排除しようとするこの体質は、
日本人の最も醜い一面だと感じます。

「震災」とはもちろん関東大震災
当時起きた朝鮮人虐殺の事件も、
この心理の延長線上にあるのでしょう。

これは昔だけの話なのか?
決してそうではありますまい。
現代社会もこの当時同様、
堅苦しい窮屈な世の中に
なりつつあります。
昨今のコロナ渦での自粛警察などは、
まさに寛容さを失った
社会の一端が見えてきたものでしょう。
自分とは異質なものを
受け入れる寛容さ。
それがあれば社会の問題の多くは
解決の道筋が
見えてくると思うのですが。

空しさだけが残る
何とも後味の悪い結末です。
「煉瓦の高塀は、
 以前にも増して頑丈に、
 以前にも増して高々と、
 てっぺんに硝子の破片を光らせて、
 建設された。」

(2021.12.11)

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